ナイチンゲールの医療改革と統計活用

■白衣の天使と大塩平八郎

ウィカーフィン(ウィキペディア+サーフィン ウィキペディア内で次々とリンクをたどる人のことらしい)の私は「国際看護師の日」にたどり着きその日がナイチンゲールの誕生日(5月12日)でもあることを知りました

「白衣の天使」の語源もナイチンゲール由来だそうでいかに偉大な功績を遺した人であるか想像できます。

イギリスの上流階級出身のナイチンゲールは1837年に神の啓示を受け、神の手足となって人々に奉仕することに一生を捧げたと言われています。

1837年と言えば日本では「大塩平八郎の乱」が起こった年ですが、洋の東西を問わず手段は違いますが苦しんでいる人たちのために立ち上がった人たちがいたというのはとても興味深いことです。 大塩平八郎については社会科の授業でもそれほど深く学んだ記憶はなく悪政に対して抗議の反乱を起こそうとしたが密告により鎮圧された・・・程度で教科書の数行だけだったと思います。 一方のナイチンゲールは1853年に起こったクリミア戦争に従軍し救命活動に励んだそうですが、1853年と言えば日本ではペリーの黒船来航の年で日本中が大混乱であった時ですし、ナイチンゲールの活躍した舞台が現在進行形のクリミアであることも歴史の皮肉と言えるのかもしれません。

ナイチンゲールは野戦病院で毎日搬送される兵士の処置を行い、夜通しランプを片手に見回りを続けたそうです。 そんな彼女の姿を見た兵士たちが「クリミアに舞い降りた天使」と感謝するようになり「クリミアの天使」と呼ばれるようになったそうです。

そしてナイチンゲールの働きが時代を超え「白衣の天使」と語り継がれるようになったとのこと。日本でも多くの書籍になり看護婦さんの代名詞となっています。

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ナイチンゲールの写真1820年~1910年 Florence Nightingale

■ナイチンゲールは統計学者

野戦病院ではコレラなどの伝染病が蔓延し兵士の死亡率が40%にもなりましたがそれをナイチンゲールは「看護の力」で2%まで引き下げたと言われています。

その背景には徹底した衛生管理が重要であることを軍上層部にわかってもらうため死亡統計や改善案、リスクの低下を示す資料を作り実践したからといわれています。

高い志だけでなくデータを活用し、周囲を巻き込む力はビジネスにも共通する成功の「キモ」と言えるでしょう。

現在でもナイチンゲールの統計グラフが活用されていることは驚きで、軍上層部やヴィクトリア女王に説明するために工夫をしたそうです。実は兵士の死亡率は戦闘によるものより予防可能または軽減することができる感染症によるものの方が多くその事実を数字の羅列ではなく視覚に訴えわかりやすくしたことで理解を得られたそうです。

統計学が体系化されるごく初期の頃だと思いますが裕福な領主階級出身のナイチンゲールは広範な教育を受けられる環境であり、本人も知識の吸収に貪欲な性分でもあったためそれらが下地になり高度なプレゼンテーション能力を医療の分野で発揮することができたのだと思います。

データ分析の重要性

意外なことにナイチンゲールが看護婦として活動したのはクリミア戦争の2年間だけだそうです。 戦争終結後に病にかかりその後の50年間はほとんどベットの上で手紙や原稿を書くことが彼女の活動の主体であったことは私も含め、あまり知られていないのではないでしょうか。

彼女が用いた「統計学」は今では普段の生活にも広く応用されています。保険で用いられる「大数の法則」は統計学の基本定理のひとつでよくサイコロの目に例えられます。 サイコロの目の出る確率は100回より1,000回、1,000回より100,000回とその回数を増やすほど平準化され偏りが小さくなります。 母数が大きくなるほど導きだされる結果は予測可能になるということが保険の考え方で100年、1,000年のデータの分析と蓄積がリスクの予測に活用されています。

当社が提供している「入院医療費保証サービス『ナップメディカル』」もリスクヘッジのためにすべての案件に損害保険を付帯しています。 そして各病院からは毎月入院の総請求額と総滞納額を報告いただき引き受け保険会社に報告しています。保険会社はこれらのデータと社内のデータを分析し将来発生する保険金を予測しています。同じく当社でも立替金の発生率や回収サイト、加入率等を分析しそれぞれの適性値を設定しています。 そういった様々なデータをもとに開発した「ナップメディカル」を世の中に広め、誰もが最適な医療サービスを受けることができ、また提供できる環境を整備することでこれからの超高齢化社会を支える一助になりたいと考えています。

 

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